東京財団政策研究所研究員 吉原祥子

東京財団政策研究所研究員 吉原祥子

1.はじめに――背景と目的

 「所有者不明土地問題」を巡る政策議論と制度見直しが、一歩ずつ進展している。本稿では、近年、社会的な関心が急速に高まったこの問題について、これまでの主な政策過程を概観し、そこから見えてくる課題と土地家屋調査士に期待される役割について考えたい。
 所有者不明土地とは、不動産登記簿等の所有者台帳により、所有者が直ちに判明しない、又は判明しても所有者に連絡がつかない土地を指す1
 この問題は決して新しいものではない。土地所有者の探索が難航し効率的な土地利用が阻まれるという事象は、これまでも公共事業の用地取得や耕作放棄地対策などの現場では慢性的に発生し、関係者の間では長年認識されていた。
 この問題が多くの人々の関心を集めることとなったきっかけが、2011年3月の東日本大震災であった。被災地で問題が大規模に表面化し、復興事業の遅れにも繋がったことで、制度見直しの必要性が広く認知されたのである。さらに、深刻化する空き家問題においても、空き家の所有者や相続人が直ちに判明せず地域住民や自治体が対応に苦慮する事例が現れてくる中で、徐々に個人の相続に関わる身近な課題としても取り上げられるようになってきた。
 すでに各方面で指摘されてきたように、土地の所有者やその所在が直ちにはわからなくなる制度的な要因の1つに、相続登記の問題がある。実家の土地を相続したものの、利用見込みや資産価値が低い場合、相続人にとっては管理や固定資産税などの負担感のほうが大きく、登記申請をするインセンティブが働きにくい。もし相続登記が先送りされれば、不動産登記簿上の名義人は先代のままとなり、登記記録を見ても現在の所有者やその所在が直ちにはわからなくなる。所有者不明土地問題を巡る議論で、「相続登記の義務化」の必要性がしばしば論じられた所以である2
 だが、この問題を契機として我々がより深く考えるべきは、こうした不動産登記制度のみならず、これまでの日本の土地制度が、人口増や「土地は有利な資産」という前提のもとで構築されてきたという点であろう。従来の国の政策は地価高騰や乱開発など市場の「行き過ぎ」を抑制することが主眼であった。低・未利用の土地の管理や権利の承継など、市場原理では解決が難しい、また、私権に関わる課題については、十分な検討が行われてきたとは言い難い3。所有者不明土地問題とは、そうした現行制度と社会の変化との狭間で広がってきた「現象」の1つである。人口が減り、空き家・空き地が増える中、土地の経済的な価値よりも管理の負担のほうが大きくなれば、従来の制度のままでは、土地の荒廃(管理の放置)や相続登記未了(権利の放置)の拡大を食い止めることは難しい。
 今、我々はこの問題を通じて、「経済的な利益を生まない土地を誰がどう管理するのか」「土地所有にはどのような責務が伴うのか」「土地の管理や権利の承継(相続)を社会がどう支えるのか」といった、土地政策の転換点ともいえる大きな課題に向き合っている。当面の対応策を講じるとともに、土地政策の理念を改めて整理し、中長期的な視点に立って今後の予防策を地道に整備、実践していくことが必要だ。

2.近年の主な政策過程

 それでは、こうした構造的な課題である所有者不明土地問題について、近年、どのような政策対応がとられてきているのだろうか。
 2018年1月、政府はこの問題について関係行政機関の連携のもと政府一体となって対策を進めるため、関係閣僚会議を設置した4。以来、同会議において決定された基本方針と工程表に基づき、制度見直しが進んでいる(表1)。
 本稿では、このうち、所有者不明土地問題への対応策の第一歩である「所有者不明土地の利用の円滑化等に関する特別措置法」、30年ぶりに改正された「土地基本法」、そして、民法・不動産登記法改正議論の3つを中心に政策過程を概観する。

表1 主な政策動向5

2018年1月19日「所有者不明土地等対策の推進のための関係閣僚会議」第1回会合開催
6月1日 同第2回会議において「所有者不明土地当対策推進に関する基本方針」決定
6月6日「所有者不明土地の利用の円滑化等に関する特別措置法」成立
2019年5月17日「表題部所有者不明土地の登記及び管理の適正化に関する法律6」成立
2020年3月27日「土地基本法等の一部を改正する法律」成立
5月26日「土地基本方針」及び「国土調査事業十箇年計画」閣議決定
2021年3月5日「民法等の一部を改正する法律案」等の提出

(1)所有者不明土地の利用の円滑化等に関する特別措置法の制定
 まず、所有者不明土地問題に関わる初の法律として、2018年6月6日に成立したのが、「所有者不明土地の利用の円滑化等に関する特別措置法」(以下「所有者不明土地法」という。)である。本法律では、所有者不明土地問題への当面の対応策として、所有者のわからなくなった土地を公共的な目的のために利用できるよう、次の3つの新たな仕組みが作られた7
 ① 所有者不明土地を円滑に利用する仕組み
 まず、所有者不明土地を円滑に利用する仕組みとして、所有者不明土地のうち、「建築物がなく、現に利用されていない土地」(特定所有者不明土地)、すなわち、争いの起きる可能性の低い土地を対象に2つの仕組みが創設された。
 1つは、土地収用手続きの合理化・円滑化である。土地収用法で事業認定を受けた「収用適格事業」において、上記の「特定所有者不明土地」を収用しようとする場合は、現にその土地が利用されておらず複雑な補償金の算定を要しないことから、明示的な反対者がいないことを公告・縦覧で確認した上で、収用委員会に代わり都道府県知事の裁定で収用手続きを進めることを可能とした。
 もう1つが、「地域福利増進事業」と呼ばれる新たな制度である。公共事業ではないものの、地域住民の福祉や利便の増進を図るための公共的な事業であれば、明示的な反対者がいないことを公告・縦覧で確認し、事業の実施主体が補償金(土地の使用の対価)を一括で供託した上で、特定所有者不明土地に10年間を上限とする使用権を設定できることとした8。実施できる事業は、公園、広場、購買施設など、地域住民のための事業が幅広く想定される。事業主体は国・地方公共団体などの公共主体をはじめ、NPOや地域コミュニティ、民間企業等も含み、営利事業も可能である。
 ② 所有者の探索を合理化する仕組み
 上記①の仕組みを利用するためには、まず、その土地が「所有者不明土地」9であることを確認する必要がある。所有者探索は、調査すべき範囲やアクセスできる情報如何で、要する労力や時間が大きく異なる。そこで、本法律では、所有者の探索を合理化するため、所有者探索の範囲について、登記事項証明書の交付の請求、住民票・戸籍・固定資産課税台帳などの公簿書類に記載された情報の提供の請求、一定範囲の親族等への照会などとすることを、政令で明確に定めた10
 また、上記①の収用適格事業や地域福利増進事業、そして都市計画事業の公共的な事業を実施する場合には、所有者探索のために、これまでは利用できなかった住民基本台帳、戸籍簿、固定資産課税台帳等の公的な情報を新たに請求・取得できることとした。
 あわせて、不動産登記法の特例として、相続登記が長期間未了である土地について、公共の利益となる事業を実施しようとする者からの求めに応じて登記官が相続人調査を行い、職権で長期相続登記未了である旨を登記に付記し、相続人に登記申請を促す制度も創設された11
 ③ 所有者不明土地を適切に管理する仕組み
 さらに、本法律では、所有者不明土地の適切な管理のために必要と認める場合には、地方公共団体の長等が、財産管理人選任の申立てを行うことが可能であるとする民法の特例が創設された。現行民法では、所有者の所在のわからない財産や相続人のいない財産について、利害関係人の請求により家庭裁判所が財産管理人を選任し、財産を管理できる制度がある。所有者不明土地の管理において現在取り得る数少ない手段の1つだが、どのような場合に地方公共団体が「利害関係人」として財産管理人の選任を申し立てることができるか、これまで必ずしも明らかではなく、自治体の現場では制度の利用可否に迷う声もあった。そのため、今回の法律で明確化が図られた。
 国土交通省によると、上記各制度のこれまでの活用状況は表2のとおりである。「土地収用法の特例」については、早くも適用実績が出ている。東関東自動車道水戸線の新設工事の用地取得において存在した所有者不明土地に適用されたもので、所有者不明土地法に基づく裁定手続きを利用したことにより、土地収用法に基づく手続きと比較して約4カ月の短縮が図られた12。「土地所有者等関連情報の利用及び提供」や「財産管理に関する民法の特例」についても、活用実績がすでに複数報告されている。

 他方、「地域福利増進事業」については、2020年6月時点で申請実績はまだない。国土交通省は使用権の設定等に関する各地の先進的な取組の支援(モデル調査)等を通じて制度の普及を図っている。今後は、モデル事業の結果を精査し、制度が地域で息長く活用されるよう改善を図っていくことが重要になる。申請手続きや補償金の負担のあり方、さらに事業が長期間に及んだ場合の使用権の法的課題13などについて、慎重に検討を重ねていくことが必要だ。

表2 所有者不明土地法の活用状況                 (件数は累計ベース)

(2)土地基本法の改正
 上記「所有者不明土地法」に続いて、2020年3月、人口減少社会に対応した土地政策の再構築と地籍調査のスピードアップに向け、「土地基本法等の一部を改正する法律」が成立した。これにより、1989年(平成元年)の制定以来の見直しとなる土地基本法の改正と、国土調査法等の改正が行われた。
 土地基本法は、バブル経済という時代背景のもと、地価高騰や投機的な取引の社会問題化を受け制定された法律である。「適正な土地利用の確保」と「正常な需給関係と適正な地価の形成」を土地対策の主目的とし、「利用」と「取引」に関する規程を中心に構成されていた。
 だが、その後、土地を取り巻く社会・経済状況は大きく変容する。本稿でここまで見てきたとおり、土地対策は「利用」や「取引」を対象とするのみではもはや十分ではなく、所有者不明土地の発生抑制や、災害予防・復興など、持続可能な地域の形成を図るための適正な「管理」を推進することが重要課題として認識されるようになった。

 こうした時代変化を踏まえ、今回の改正では、まず目的規定が大きく見直された(第1条)。そして、基本理念をはじめ法全般で土地の適正な「利用」と並んで「管理」の確保の必要性が明示され、新たに土地所有者の責務として、登記等権利関係の明確化と境界の明確化に努めることが明記された(第6条)(表3)。さらに、国・地方公共団体の講ずべき施策について土地の適正な「利用」「管理」を促進する観点から見直しが行われ、土地に関する施策の政府全体としての総合的な推進を図るため、「土地基本方針」(閣議決定)を定めることが規定された14

表3 土地基本法の新旧対照表(第1条及び第6条部分)        (下線は改正部分)

          改正後          改正前
(目的)
第一条 この法律は、土地についての基本理念を定め、並びに土地所有者等、国、地方公共団体、事業者及び国民の土地についての基本理念に係る責務を明らかにするとともに、土地に関する施策の基本となる事項を定めることにより、土地が有する効用の十分な発揮、現在及び将来における地域の良好な環境の確保並びに災害予防、災害応急対策、災害復旧及び災害からの復興に資する適正な土地の利用及び管理並びにこれらを促進するための土地の取引の円滑化及び適正な地価の形成に関する施策を総合的に推進し、もって地域の活性化及び安全で持続可能な社会の形成を図り、国民生活の安定向上と国民経済の健全な発展に寄与することを目的とする。
(目的)
第一条 この法律は、土地についての基本理念を定め、並びに国、地方公共団体、事業者及び国民の土地についての基本理念に係る責務を明らかにするとともに、土地に関する施策の基本となる事項を定めることにより、適正な土地利用の確保を図りつつ正常な需給関係と適正な地価の形成を図るための土地対策を総合的に推進し、もって国民生活の安定向上と国民経済の健全な発展に寄与することを目的とする。



(土地所有者等の責務)
第六条 土地所有者等は、第二条から前条までに定める土地についての基本理念(以下「土地についての基本理念」という。)にのっとり、土地の利用及び管理並びに取引を行う責務を有する。
2 土地の所有者は、前項の責務を遂行するに当たっては、その所有する土地に関する登記手続その他の権利関係の明確化のための措置及び当該土地の所有権の境界の明確化のための措置を適切に講ずるように努めなければならない。
3 土地所有者等は、国又は地方公共団体が実施する土地に関する施策に協力しなければならない。
(新設)










 今般のこうした改正により、土地基本法は土地の適正な「利用」と「管理」というバランスを兼ね備えた、より普遍的な性格を持つものとなった。災害予防・災害復旧や持続可能な地域社会の形成といった今後の社会を考える上で不可欠の要素が盛り込まれ、利用と管理の両面から土地所有者、国、地方公共団体等の責務が規定されたこと、またその具体化のための土地基本方針が創設されるなど、日本の土地政策の画期となる改正といえる15
 また、土地の適切な管理の重要性や土地所有者等の公法上の義務(権利関係及び境界の明確化)が規定されたことで、後述する相続登記の義務化をはじめとする民事基本法制の見直しに向けた議論の理論的根拠が築かれた点も重要である16。土地法制の構築において、関係行政機関の緊密な協力のもと公法と私法の連携が実現した意義は大きい。
 今後は、こうした法改正の趣旨を広く周知し、適正な「管理」の具体的なあり方について議論を深めるなど、社会の共通認識を醸成していくことが重要だ。
(3)民法・不動産登記法の見直し
 上述の所有者不明土地法や改正土地基本法等に続いて、所有者不明土地問題への一連の対策として進んでいるのが、民事基本法制の抜本的な見直しである。所有者不明土地法は、あくまで公共的な事業という限られた場面における利用の円滑化に主眼を置くものであり、問題の発生予防のためには民法や不動産登記法等にも踏み込んだ根本的な対応が必要だ。そこで、2019年2月、法務大臣から法制審議会へ諮問がなされ(諮問第107号)、同3月より民法・不動産登記法部会(部会長:山野目章夫早稲田大学大学院法務研究科教授)における議論が開始、2021年2月に改正要綱が答申された。
 改正に向けた具体的な論点としては、まず、「相続等による所有者不明土地の発生を防止するための仕組み」として、
・ 相続登記や住所変更等の登記の申請を土地所有者に義務付けることや申請者の負担軽減を効果的に図ることなどにより不動産登記情報の更新を図る方策
・ 遺産分割されずに長期間経過した場合に遺産を合理的に分割できる方策
・ 土地所有権の放棄を可能とする方策(放棄の要件や認定・費用負担のあり方等)
などについて審議が行われた。
 また、「所有者不明土地を円滑・適正に利用するための仕組み」として、
・ 民法の共有制度を見直し、共有関係にある所有者不明土地について金銭供託等を利用して共有関係を解消する方策等
・ 不在者財産管理制度等を見直し、所有者不明土地に特化した合理的な管理を可能とする方策
・ 相隣関係に関する規定を見直し、ライフライン設置等のために所有者不明の隣地でも同意不要で円滑に使用可能とする方策などが検討された17
 土地家屋調査士の実務に特に関係の深い相隣関係については、「隣地使用権」(民法209条1項)及び「竹木の枝の切除等」(同法233条1項)に関する規律の見直しに加え、電気、ガス、水道水などの「継続的給付を受けるための設備設置権及び設備使用権」の新設等について議論が行われた18
 社会的な関心が特に高い相続登記については、申請の義務化とともに、登記手続きの簡素化策を導入するとされた。また、土地所有権の放棄については、(民法に所有権の放棄に関する新たな規律を設けることなく)相続等により取得した土地所有権の国庫への帰属に関する制度が創設される方向だ。さらに、所有者不明や管理不全の状態にある土地について、個々の土地に特化した管理を行える「所有者不明土地管理制度」や「管理不全土地管理制度」の創設を検討するなど19、多岐にわたる審議が行われた。

 答申に基づく法律案は2021年3月5日に閣議決定され、第204回国会へ提出された。

3.今後の課題と土地家屋調査士の役割――次世代に土地を適切に引き継ぐために

 このように、所有者不明土地問題を巡っては、関係行政機関の連携のもと着実に制度整備や見直しが進んでいる。これまでの政策過程を振り返ると、短期間に多くの取り組みが進んでいることに驚くとともに、今後の課題も浮かび上がってくる。筆者が今後とくに重要だと考える課題が、「問題の発生予防」と、そのための「実務・研究・政策の連携」だ。そして、これらの点において、以下のとおり、土地家屋調査士の方々の役割が益々重要になると思料する。
(1)問題の発生予防
 所有者不明土地問題のこれまでの政策過程を振り返ると、改めて痛感させられるのが、「経済的な利益を生まない土地を誰がどう管理するのか」という問いの難しさと、問題の発生予防の大切さである。
 所有者不明土地の利用や管理にあたっては、所有者(たとえ不明であっても)の「財産権の保護」と地域での利用促進という「公益」とのバランスが極めて重要となる。そのため、先述の「地域福利増進事業」で使用権設定を行う場合や、民法改正で「所有者不明土地管理制度」等が実現した場合、制度を利用する側は、厳格な要件を満たし、各種書類を整え慎重に手続きを行うことが求められる。補償金や予納金などの初期コストを負担するのも、地域住民など適正な利用や管理を求める側である。
 こうした利用する側の手続き負担は、言い換えれば、放置された土地が将来世代にもたらす負の遺産である。今後、新たな制度を使って所有者不明土地の利用の円滑化を図ると同時に、将来世代にこうした負担をかけないためにも、問題の発生を予防していくことが何より重要だ。
 そのためには、たとえ迂遠であっても、我々一人ひとりが、自らや親族が所有する土地の登記や境界に日頃から関心を持ち、今後の利用・管理について具体的に考え、行動していくことが必要となる。
 先述のとおり、改正土地基本法においては、権利関係及び境界の明確化が土地所有者の責務として明確に規定された。これを踏まえると、今後、土地家屋調査士には、土地所有者がその責務を果たしていくことを支える役割が求められるといえよう。土地家屋調査士法第1条にうたわれている「不動産に関する権利の明確化に寄与」することは、現在の土地所有者のためだけでなく、将来世代を含む地域や国全体にとって今後一層必要なことである。
 土地家屋調査士の方々には、こうした観点から、今般の改正土地基本法や、その理念を踏まえた民法・不動産登記法等の改正内容を深く理解し、日常の実務や地域での様々な活動を通じて人々に伝え、不動産登記や境界確定の促進に寄与することが望まれる。
(2)実務・研究・政策の連携
 上記の「問題の発生予防」に取り組む上で重要となるのが、「実務・研究・政策の連携」だ。人口減少という前例のない状況下で予防策を模索する過程では、「やってみたが上手くいかなかった」ということも出てくるだろう。新たな制度の成否について短兵急に結論づけることなく、実務と研究の両面から議論を深め、関係者が連携して制度を育てていくことが必要だ。
 所有者不明土地問題を契機とする今回の一連の制度見直しは、着実な進展があるとはいえ、土地家屋調査士の方々の専門的な見地から見れば、現場の実態と法制度に整合性が取れていない点や、時代変化に即して見直しが必要な基準等は、今回の論点の他にも多々あるのではないか。そうした課題をすくい上げ、研究と政策立案に繋げていくことが必要だ。
 例えば、境界確定をめぐる所有権等の権利調整や合意形成のあり方については、現場で様々な課題が認識されても、学術研究の対象とはなりにくく、政策提言も十分に行われてきていない。境界を確定し地図を整備することの重要性や、隣接する土地所有者間の合意を得ることの大変さは、土地家屋調査士の方々がもっともよく知るところである。南海トラフや首都直下型等、次の大きな震災も予想される中、防災・減災の観点からも、東日本大震災の際の土地家屋調査士の方々の活躍を踏まえ20、日頃から各分野の関係者との議論を深める意義は大きい。
 長年にわたり地域の土地を見てきた土地家屋調査士にしか言えないことを、現場の事例やデータにもとづき具体的にわかりやすく明らかにし、その知見を活かす場を広げていくことが望まれる。


 以上、本稿では、所有者不明土地問題について、近年の主な政策動向を概観し、そこから見える課題と土地家屋調査士に求められる役割について考えてみた。
 この問題の一連の経過を大きく捉えると、2010年代前半は「問題認識の時期」、2010年代後半は「政策決定の時期」、そして、2020年代初頭からは、「政策実施の時期」と位置付けることができよう。今後は、政策の主体が国から自治体、そして、地域や個人へと広がっていく段階であり、新たな制度について社会の理解を深め、地域の様々な取り組みを促進していくことが必要になる。
 日本の土地制度が大きな転換期を迎える中、登記や境界確定の重要性を深く理解し、地域の土地の状況に精通した土地家屋調査士の役割は、今後益々大きくなっていくといえよう。
(2021年3月31日脱稿)

※注釈はPDFでご確認ください。